おもむき》して、左右から苗代田《なわしろだ》に取詰《とりつ》むる峰の褄《つま》、一重《ひとえ》は一重《ひとえ》ごとに迫って次第に狭く、奥の方《かた》暗く行詰《ゆきつま》ったあたり、打《ぶッ》つけなりの茅屋《かやや》の窓は、山が開いた眼《まなこ》に似て、あたかも大《おおい》なる蟇《ひきがえる》の、明け行《ゆ》く海から掻窘《かいすく》んで、谷間《たにま》に潜《ひそ》む風情《ふぜい》である。
三
されば瓦《かわら》を焚《や》く竈《かまど》の、屋《や》の棟《むね》よりも高いのがあり、主《ぬし》の知れぬ宮《みや》もあり、無縁になった墓地もあり、頻《しきり》に落ちる椿《つばき》もあり、田には大《おおき》な鰌《どじょう》もある。
あの、西南《せいなん》一帯の海の潮《しお》が、浮世の波に白帆《しらほ》を乗せて、このしばらくの間に九十九折《つづらおり》ある山の峡《かい》を、一ツずつ湾《わん》にして、奥まで迎いに来ぬ内は、いつまでも村人は、むこう向《むき》になって、ちらほらと畑打《はたう》っているであろう。
丁《ちょう》どいまの曲角《まがりかど》の二階家あたりに、屋根の七八《ななや
前へ
次へ
全95ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング