散策子は踵《くびす》を廻《めぐ》らして、それから、きりきりはたり、きりきりはたりと、鶏《にわとり》が羽《は》うつような梭《おさ》の音《おと》を慕《した》う如く、向う側の垣根に添うて、二本《ふたもと》の桃の下を通って、三軒の田舎屋《いなかや》の前を過ぎる間《あいだ》に、十八、九のと、三十《みそじ》ばかりなのと、機《はた》を織る婦人の姿を二人見た。
 その少《わか》い方は、納戸《なんど》の破障子《やぶれしょうじ》を半開《はんびら》きにして、姉《ねえ》さん冠《かぶり》の横顔を見た時、腕《かいな》白く梭《おさ》を投げた。その年取った方は、前庭《まえにわ》の乾いた土に筵《むしろ》を敷いて、背《うしろ》むきに機台《はただい》に腰かけたが、トンと足をあげると、ゆるくキリキリと鳴ったのである。
 唯《ただ》それだけを見て過ぎた。女今川《おんないまがわ》の口絵《くちえ》でなければ、近頃は余り見掛けない。可懐《なつか》しい姿、些《ちっ》と立佇《たちどま》ってという気もしたけれども、小児《こども》でもいればだに、どの家《うち》も皆《みんな》野面《のら》へ出たか、人気《ひとけ》はこの外《ほか》になかったから、
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