んとして自然に片づいております。お寛《くつろ》ぎ下さい。秋になりますると、これで町へ遠うございますかわりには、栗《くり》柿《かき》に事を欠きませぬ。烏《からす》を追って柿を取り、高音《たかね》を張ります鵙《もず》を驚かして、栗を落してなりと差上げましょうに。
 まあ、何よりもお楽に、」
 と袈裟《けさ》をはずして釘《くぎ》にかけた、障子《しょうじ》に緋桃《ひもも》の影法師《かげぼうし》。今物語《いまものがたり》の朱《しゅ》にも似て、破目《やれめ》を暖《あたたか》く燃ゆる状《さま》、法衣《ころも》をなぶる風情《ふぜい》である。
 庵室《あんじつ》から打仰《うちあお》ぐ、石の階子《はしご》は梢《こずえ》にかかって、御堂《みどう》は屋根のみ浮いたよう、緑の雲にふっくりと沈んで、山の裾《すそ》の、縁《えん》に迫って萌葱《もえぎ》なれば、あま下《さが》る蚊帳《かや》の外に、誰《たれ》待つとしもなき二人、煙《けぶ》らぬ火鉢のふちかけて、ひらひらと蝶《ちょう》が来る。
「御堂《おどう》の中では何んとなく気もあらたまります。此処《ここ》でお茶をお入れ下すった上のお話じゃ、結構《けっこう》過ぎますほどで
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