め》充満《いっぱい》のが、時ならぬ曼珠沙華《まんじゅしゃげ》が咲いたように、山際《やまぎわ》に燃えていて、五月雨《さみだれ》になって消えましたとな。
 些《ちっ》と日数《ひかず》が経ってから、親仁どのは、村方《むらかた》の用達《ようたし》かたがた、東京へ参ったついでに芝口《しばぐち》の両換店《りょうがえや》へ寄って、汚《きたな》い煙草入《たばこいれ》から煙草の粉だらけなのを一枚だけ、そっと出して、いくらに買わっしゃる、と当って見ると、いや抓《つま》んだ爪《つめ》の方が黄色いくらいでござったに、正《しょう》のものとて争われぬ、七|両《りょう》ならば引替《ひきか》えにと言うのを、もッと気張《きば》ってくれさっせえで、とうとう七両一|分《ぶ》に替えたのがはじまり。
 そちこち、気長《きなが》に金子《かね》にして、やがて船一|艘《そう》、古物《ふるもの》を買い込んで、海から薪炭《まきすみ》の荷を廻し、追々《おいおい》材木へ手を出しかけ、船の数も七艘までに仕上げた時、すっぱりと売物に出して、さて、地面を買う、店を拡げる、普請《ふしん》にかかる。
 土台が極《きま》ると、山の貸元《かしもと》になっ
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