この久能谷《くのや》の方は、女中ばかり、真《まこと》に閑静に住んでおります。」
「すると別荘なんですね。」
「いやいや、――どうも話がいろいろになります、――ところが久能谷の、あの二階家が本宅じゃそうで、唯今の主人も、あの屋根の下で生れたげに申します。
その頃は幽《かすか》な暮しで、屋根と申した処《ところ》が、ああではありますまい。月も時雨《しぐれ》もばらばら葺《ぶき》。それでも先代の親仁《おやじ》と言うのが、もう唯今では亡くなりましたが、それが貴下《あなた》、小作人ながら大の節倹家《しまつや》で、積年の望みで、地面を少しばかり借りましたのが、私《わたくし》庵室《あんじつ》の背戸《せど》の地続きで、以前立派な寺がありました。その住職《じゅうしょく》の隠居所《いんきょじょ》の跡だったそうにございますよ。
豆を植えようと、まことにこう天気の可《い》い、のどかな、陽炎《かげろう》がひらひら畔《あぜ》に立つ時分。
親仁殿《おやじどの》、鍬《くわ》をかついで、この坂下へ遣《や》って来て、自分の借地《しゃくち》を、先《ま》ずならしかけたのでございます。
とッ様|昼上《ひるあが》りにせっ
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