いぶん》何千人という東京からの客人で、目の覚めるような美麗《びれい》な方《かた》もありまするが、なかなかこれほどのはないでございます。」
「じゃ、私《わたし》が見ても恋煩《こいわずら》いをしそうですね、危険《けんのん》、危険《けんのん》。」
 出家は真面目に、
「何故《なぜ》でございますか。」
「帰路《かえり》には気を注《つ》けねばなりません。何処《どこ》ですか、その財産家の家《うち》は。」

       十

 菜種《なたね》にまじる茅家《かやや》のあなたに、白波と、松吹風《まつふくかぜ》を右左《みぎひだ》り、其処《そこ》に旗のような薄霞《うすがすみ》に、しっとりと紅《くれない》の染《そ》む状《さま》に桃の花を彩《いろど》った、その屋《や》の棟《むね》より、高いのは一つもない。
「角《かど》の、あの二階家《にかいや》が、」
「ええ?」
「あれがこの歌のかき人《て》の住居《すまい》でござってな。」
 聞くものは慄然《ぞっ》とした。
 出家は何んの気もつかずに、
「尤《もっと》も彼処《あすこ》へは、去年の秋、細君だけが引越《ひきこ》して参ったので。丁《ちょう》ど私《わたくし》がお宿を致
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