のに、懐《ふところ》が窮屈《きゅうくつ》だったから、懐中《かいちゅう》に押込《おしこ》んであった、鳥打帽《とりうちぼう》を引出して、傍《かたわら》に差置《さしお》いた。
松風が音《ね》に立った。が、春の日なれば人よりも軽く、そよそよと空を吹くのである。
出家は仏前の燈明《とうみょう》をちょっと見て、
「さればでござって。……
実は先刻お話《はなし》申した、ふとした御縁で、御堂《おどう》のこの下の仮庵室《かりあんじつ》へお宿をいたしました、その御仁《ごじん》なのでありますが。
その貴下《あなた》、うたゝ寝《ね》の歌を、其処《そこ》へ書きました、婦人のために……まあ、言って見ますれば恋煩《こいわずら》い、いや、こがれ死《じに》をなすったと申すものでございます。早い話が、」
「まあ、今時《いまどき》、どんな、男です。」
「丁《ちょう》ど貴下《あなた》のような方《かた》で、」
呀《あ》? 茶釜《ちゃがま》でなく、這般《この》文福和尚《ぶんぶくおしょう》、渋茶《しぶちゃ》にあらぬ振舞《ふるまい》の三十棒《さんじゅうぼう》、思わず後《しりえ》に瞠若《どうじゃく》として、……唯《ただ》苦笑
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