いし》、観音《かんおん》、御像《おすがた》はありがたい訳《わけ》ではありませんか。」
出家は活々《いきいき》とした顔になって、目の色が輝いた。心の籠《こも》った口のあたり、髯《ひげ》の穴も数えつびょう、
「申されました、おもしろい。」
ぴたりと膝に手をついて、片手を額《ひたい》に加えたが、
「――うたゝ寐《ね》に恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき――」
と独《ひと》り俯向《うつむ》いた口の裏《うち》に誦《じゅ》したのは、柱に記《しる》した歌である。
こなたも思わず彼処《かしこ》を見た、柱なる蜘蛛《ささがに》の糸、あざやかなりけり水茎《みずぐき》の跡。
「そう承《うけたまわ》れば恥入《はじい》る次第で、恥を申さねば分らんでありますが、うたゝ寐《ね》の、この和歌でござる、」
「その歌が、」
とこなたも膝の進むを覚えず。
「ええ、御覧なさい。其処中《そこらじゅう》、それ巡拝札《じゅんぱいふだ》を貼り散らしたと申すわけで、中にはな、売薬や、何かの広告に使いまするそうなが、それもありきたりで構わんであります。
また誰《たれ》が何時《いつ》のまに貼って参るかも分りませんので
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