》と申したいでありますが、当節は余りござりません。以前は、荘厳美麗《そうごんびれい》結構なものでありましたそうで。
 貴下《あなた》、今お通りになりましてございましょう。此処《ここ》からも見えます。この山の裾《すそ》へかけまして、ずッとあの菜種畠《なたねばたけ》の辺《あたり》、七堂伽藍《しちどうがらん》建連《たてつら》なっておりましたそうで。書物《かきもの》にも見えますが、三浦郡《みうらごおり》の久能谷《くのや》では、この岩殿寺《いわとでら》が、土地の草分《くさわけ》と申しまする。
 坂東《ばんどう》第二番の巡拝所《じゅんぱいじょ》、名高い霊場《れいじょう》でございますが、唯今《ただいま》ではとんとその旧跡《きゅうせき》とでも申すようになりました。
 妙《みょう》なもので、かえって遠国《えんごく》の衆《しゅう》の、参詣が多うございます。近くは上総《かずさ》下総《しもうさ》、遠い処は九州|西国《さいこく》あたりから、聞伝《ききつた》えて巡礼なさるのがあります処《ところ》、この方《かた》たちが、当地へござって、この近辺で聞かれますると、つい知らぬものが多くて、大きに迷うなぞと言う、お話しを
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