た。
「これは御参詣で。もし、もし、」
はッと心付くと、麻《あさ》の法衣《ころも》の袖《そで》をかさねて、出家《しゅっけ》が一人、裾短《すそみじか》に藁草履《わらぞうり》を穿《は》きしめて間近《まぢか》に来ていた。
振向《ふりむ》いたのを、莞爾《にこ》やかに笑《え》み迎えて、
「些《ちっ》とこちらへ。」
賽銭箱《さいせんばこ》の傍《わき》を通って、格子戸に及腰《およびごし》。
「南無《なむ》」とあとは口の裏《うち》で念じながら、左右へかたかたと静《しずか》に開けた。
出家は、真直《まっす》ぐに御廚子《みずし》の前、かさかさと袈裟《けさ》をずらして、袂《たもと》からマッチを出すと、伸上《のびあが》って御蝋《おろう》を点じ、額《ひたい》に掌《たなそこ》を合わせたが、引返《ひきかえ》してもう一枚、彳《たたず》んだ人の前の戸を開けた。
虫ばんだが一段高く、かつ幅の広い、部厚《ぶあつ》な敷居《しきい》の内に、縦に四畳《よじょう》ばかり敷かれる。壁の透間《すきま》を樹蔭《こかげ》はさすが、縁《へり》なしの畳《たたみ》は青々《あおあお》と新しかった。
出家は、上に何《なん》にもない、小机
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