》い青苔《あおごけ》の中に、あの蛍袋《ほたるぶくろ》という、薄紫《うすむらさき》の差俯向《さしうつむ》いた桔梗《ききょう》科の花の早咲《はやざき》を見るにつけても、何となく湿《しめ》っぽい気がして、しかも湯滝《ゆだき》のあとを踏むように熱く汗ばんだのが、颯《さっ》と一風《ひとかぜ》、ひやひやとなった。境内《けいだい》はさまで広くない。
 尤《もっと》も、御堂《みどう》のうしろから、左右の廻廊《かいろう》へ、山の幕を引廻《ひきまわ》して、雑木《ぞうき》の枝も墨染《すみぞめ》に、其処《そこ》とも分《わ》かず松風《まつかぜ》の声。
 渚《なぎさ》は浪《なみ》の雪を敷いて、砂に結び、巌《いわお》に消える、その都度《つど》音も聞えそう、但《ただ》残惜《のこりおし》いまでぴたりと留《や》んだは、きりはたり機《はた》の音。
 此処《ここ》よりして見てあれば、織姫《おりひめ》の二人の姿は、菜種《なたね》の花の中ならず、蒼海原《あおうなばら》に描かれて、浪に泛《うか》ぶらん風情《ふぜい》ぞかし。
 いや、参詣《おまいり》をしましょう。
 五段の階《きざはし》、縁《えん》の下を、馬が駈け抜けそうに高いけれ
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