が、菜種《なたね》の中を輝いて通ったのである。
 悚然《ぞっ》として、向直《むきなお》ると、突当《つきあた》りが、樹の枝から梢《こずえ》の葉へ搦《から》んだような石段で、上に、茅《かや》ぶきの堂の屋根が、目近《まぢか》な一朶《いちだ》の雲かと見える。棟《むね》に咲いた紫羅傘《いちはつ》の花の紫も手に取るばかり、峰のみどりの黒髪《くろかみ》にさしかざされた装《よそおい》の、それが久能谷《くのや》の観音堂《かんおんどう》。
 我が散策子は、其処《そこ》を志《こころざ》して来たのである。爾時《そのとき》、これから参ろうとする、前途《ゆくて》の石段の真下の処へ、殆《ほとん》ど路の幅一杯に、両側から押被《おっかぶ》さった雑樹《ぞうき》の中から、真向《まむき》にぬっと、大《おおき》な馬の顔がむくむくと湧《わ》いて出た。
 唯《ただ》見る、それさえ不意な上、胴体は唯一《ただひと》ツでない。鬣《たてがみ》に鬣が繋《つな》がって、胴に胴が重なって、凡《およ》そ五、六|間《けん》があいだ獣《けもの》の背である。
 咄嗟《とっさ》の間《かん》、散策子は杖《ステッキ》をついて立窘《たちすく》んだ。
 曲角《ま
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