《くしょう》するある而已《のみ》……
「これは、飛んだ処《ところ》へ引合いに出しました、」
と言って打笑《うちわら》い、
「おっしゃる事と申し、やはりこういう事からお知己《ちかづき》になったと申し、うっかり、これは、」
「否《いや》、結構ですとも。恋で死ぬ、本望です。この太平の世に生れて、戦場で討死《うちじに》をする機会がなけりゃ、おなじ畳の上で死ぬものを、憧《こが》れじにが洒落《しゃれ》ています。
華族の金満家《きんまんか》へ生れて出て、恋煩《こいわずら》いで死ぬ、このくらいありがたい事はありますまい。恋は叶《かな》う方が可《よ》さそうなもんですが、そうすると愛別離苦《あいべつりく》です。
唯《ただ》死ぬほど惚《ほ》れるというのが、金《かね》を溜《た》めるより難《かた》いんでしょう。」
「真《まこと》に御串戯《ごじょうだん》ものでおいでなさる。はははは、」
「真面目《まじめ》ですよ。真面目だけなお串戯《じょうだん》のように聞えるんです。あやかりたい人ですね。よくそんなのを見つけましたね。よくそんな、こがれ死《じに》をするほどの婦人が見つかりましたね。」
「それは見ることは誰にでも出来ます。美しいと申して、竜宮《りゅうぐう》や天上界《てんじょうかい》へ参らねば見られないのではござらんで、」
「じゃ現在いるんですね。」
「おりますとも。土地の人です。」
「この土地のですかい。」
「しかもこの久能谷《くのや》でございます。」
「久能谷の、」
「貴下《あなた》、何んでございましょう、今日|此処《ここ》へお出でなさるには、その家《うち》の前を、御通行《おとおり》になりましたろうで、」
「その美人の住居《すまい》の前をですか。」
と言う時、機《はた》を織った少《わか》い方の婦人《おんな》が目に浮んだ、赫燿《かくよう》として菜の花に。
「……じゃ、あの、やっぱり農家の娘で、」
「否々《いやいや》、大財産家《だいざいさんか》の細君でございます。」
「違いました、」
と我を忘れて、呟《つぶや》いたが、
「そうですか、大財産家《おおがねもち》の細君ですか、じゃもう主《ぬし》ある花なんですね。」
「さようでございます。それがために、貴下《あなた》、」
「なるほど、他人のものですね。そうして誰が見ても綺麗《きれい》ですか、美人なんですかい。」
「はい、夏向《なつむき》は随分《ず
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