聞くでございますよ。」
「そうしたもんです。」
「ははは、如何《いか》にも、」
と言ってちょっと言葉が途切《とぎ》れる。
出家の言《ことば》は、聊《いささ》か寄附金の勧化《かんげ》のように聞えたので、少し気になったが、煙草《たばこ》の灰を落そうとして目に留《と》まった火入《ひいれ》の、いぶりくすぶった色あい、マッチの燃《もえ》さしの突込《つッこ》み加減《かげん》。巣鴨辺《すがもへん》に弥勒《みろく》の出世を待っている、真宗大学《しんしゅうだいがく》の寄宿舎に似て、余り世帯気《しょたいげ》がありそうもない処《ところ》は、大《おおい》に胸襟《きょうきん》を開いてしかるべく、勝手に見て取った。
そこでまた清々《すがすが》しく一吸《ひとすい》して、山の端《は》の煙を吐くこと、遠見《とおみ》の鉄拐《てっかい》の如く、
「夏はさぞ涼《すずし》いでしょう。」
「とんと暑さ知らずでござる。御堂《おどう》は申すまでもありません、下の仮庵室《かりあんじつ》なども至極《しごく》その涼《すずし》いので、ほんの草葺《くさぶき》でありますが、些《ち》と御帰りがけにお立寄《たちよ》り、御休息なさいまし。木葉《きのは》を燻《くす》べて渋茶《しぶちゃ》でも献じましょう。
荒れたものでありますが、いや、茶釜《ちゃがま》から尻尾《しっぽ》でも出ましょうなら、また一興《いっきょう》でござる。はははは、」
「お羨《うらやまし》い御境涯《ごきょうがい》ですな。」
と客は言った。
「どうして、貴下《あなた》、さように悟りの開けました智識《ちしき》ではございません。一軒屋の一人住居《ひとりずまい》心寂しゅうござってな。唯今《ただいま》も御参詣のお姿を、あれからお見受け申して、あとを慕って来ましたほどで。
時に、どちらに御逗留《ごとうりゅう》?」
「私《わたし》? 私は直《じ》きその停車場《ステイション》最寄《もより》の処《ところ》に、」
「しばらく、」
「先々月《せんせんげつ》あたりから、」
「いずれ、御旅館で、」
「否《いいえ》、一室《ひとま》借りまして自炊《じすい》です。」
「は、は、さようで。いや、不躾《ぶしつけ》でありまするが、思召《おぼしめ》しがござったら、仮庵室《かりあんじつ》御用にお立て申しまする。
甚《はなは》だ唐突《とうとつ》でありまするが、昨年夏も、お一人な、やはりかような事から
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