たつ》のその姿を残して余白を真黄色に塗ったよう。二人の衣服《きもの》にも、手拭《てぬぐい》にも、襷《たすき》にも、前垂《まえだれ》にも、織っていたその機《はた》の色にも、聊《いささか》もこの色のなかっただけ、一入《ひとしお》鮮麗《あざやか》に明瞭に、脳中に描《えが》き出《いだ》された。
 勿論《もちろん》、描いた人物を判然《はっきり》と浮出《うきだ》させようとして、この彩色《さいしょく》で地《じ》を塗潰《ぬりつぶ》すのは、画《え》の手段に取って、是《ぜ》か、非《ひ》か、巧《こう》か、拙《せつ》か、それは菜の花の預《あずか》り知る処《ところ》でない。
 うっとりするまで、眼前《まのあたり》真黄色な中に、機織《はたおり》の姿の美しく宿った時、若い婦人《おんな》の衝《つ》と投げた梭《おさ》の尖から、ひらりと燃えて、いま一人の足下《あしもと》を閃《ひらめ》いて、輪になって一《ひと》ツ刎《は》ねた、朱《しゅ》に金色《こんじき》を帯びた一条《いちじょう》の線があって、赫燿《かくよう》として眼《まなこ》を射て、流《ながれ》のふちなる草に飛んだが、火の消ゆるが如くやがて失せた。
 赤楝蛇《やまかがし》が、菜種《なたね》の中を輝いて通ったのである。
 悚然《ぞっ》として、向直《むきなお》ると、突当《つきあた》りが、樹の枝から梢《こずえ》の葉へ搦《から》んだような石段で、上に、茅《かや》ぶきの堂の屋根が、目近《まぢか》な一朶《いちだ》の雲かと見える。棟《むね》に咲いた紫羅傘《いちはつ》の花の紫も手に取るばかり、峰のみどりの黒髪《くろかみ》にさしかざされた装《よそおい》の、それが久能谷《くのや》の観音堂《かんおんどう》。
 我が散策子は、其処《そこ》を志《こころざ》して来たのである。爾時《そのとき》、これから参ろうとする、前途《ゆくて》の石段の真下の処へ、殆《ほとん》ど路の幅一杯に、両側から押被《おっかぶ》さった雑樹《ぞうき》の中から、真向《まむき》にぬっと、大《おおき》な馬の顔がむくむくと湧《わ》いて出た。
 唯《ただ》見る、それさえ不意な上、胴体は唯一《ただひと》ツでない。鬣《たてがみ》に鬣が繋《つな》がって、胴に胴が重なって、凡《およ》そ五、六|間《けん》があいだ獣《けもの》の背である。
 咄嗟《とっさ》の間《かん》、散策子は杖《ステッキ》をついて立窘《たちすく》んだ。
 曲角《ま
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