表紙《うわびょうし》に、とき色のリボンで封のある、ノオトブックを、つまさぐっていたのを見たので。

       三十三

「こっちへ下さいよ、厭《いや》ですよ。」
 と端《はし》へかけた手を手帳に控えて、麦畠《むぎばたけ》へ真正面《まっしょうめん》。話をわきへずらそうと、青天白日《せいてんはくじつ》に身構えつつ、
「歌がお出来なさいましたか。」
「ほほほほ、」
 と唯《ただ》笑う。
「絵をお描《か》きになるんですか。」
「ほほほほ。」
「結構ですな、お楽しみですね、些《ち》と拝見いたしたいもんです。」
 手を放《はな》したが、附着《くッつ》いた肩も退《の》けないで、
「お見せ申しましょうかね。」
 あどけない状《さま》で笑いながら、持直《もちなお》してぱらぱらと男の帯のあたりへ開く。手帳の枚頁《ページ》は、この人の手にあたかも蝶の翼《つばさ》を重ねたようであったが、鉛筆で描《か》いたのは……
 一目《ひとめ》見て散策子は蒼《あお》くなった。
 大小|濃薄《のうはく》乱雑に、半《なか》ばかきさしたのもあり、歪《ゆが》んだのもあり、震えたのもあり、やめたのもあるが、○《まる》と□《しかく
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