》△《さんかく》ばかり。
「ね、上手《じょうず》でしょう。此処等《ここいら》の人たちは、貴下《あなた》、玉脇《たまわき》では、絵を描《か》くと申しますとさ。この土手へ出ちゃ、何時《いつ》までもこうしていますのに、唯《ただ》いては、谷戸口《やとぐち》の番人のようでおかしゅうござんすから、いつかッからはじめたんですわ。
 大層評判が宜《よろ》しゅうございますから……何《なん》ですよ、この頃に絵具《えのぐ》を持出《もちだ》して、草の上で風流の店びらきをしようと思います、大した写生じゃありませんか。
 この円《まる》いのが海、この三角が山、この四角《しかく》いのが田圃《たんぼ》だと思えばそれでもようござんす。それから○《まる》い顔にして、□《しかく》い胴にして△《さんかく》に坐っている、今戸焼《いまどやき》の姉様《あねさん》だと思えばそれでも可《よ》うございます、袴《はかま》を穿《は》いた殿様だと思えばそれでも可《よ》いでしょう。
 それから……水中に物あり、筆者に問えば知らずと答うと、高慢な顔色《かおつき》をしても可《い》いんですし、名を知らない死んだ人の戒名《かいみょう》だと思って拝《おが》んでも可《い》いんですよ。」
 ようよう声が出て、
「戒名《かいみょう》、」
 と口が利ける。
「何《なに》、何んというんです。」
「四角院円々三角居士《しかくいんまるまるさんかくこじ》と、」
 いいながら土手に胸をつけて、袖《そで》を草に、太脛《ふくらはぎ》のあたりまで、友染《ゆうぜん》を敷乱《しきみだ》して、すらりと片足|片褄《かたづま》を泳がせながら、こう内《うち》へ掻込《かきこ》むようにして、鉛筆ですらすらとその三体《さんたい》の秘密を記《しる》した。
 テンテンカラ、テンカラと、耳許《みみもと》に太鼓《たいこ》の音。二人の外《ほか》に人のない世ではない。アノ椿《つばき》の、燃え落ちるように、向うの茅屋《かやや》へ、続いてぼたぼたと溢《あふ》れたと思うと、菜種《なたね》の路《みち》を葉がくれに、真黄色《まっきいろ》な花の上へ、ひらりと彩《いろど》って出たものがある。
 茅屋《かやや》の軒へ、鶏《にわとり》が二羽|舞上《まいあが》ったのかと思った。
 二個《ふたつ》の頭《かしら》、獅子頭《ししがしら》、高いのと低いのと、後《あと》になり先になり、縺《もつ》れる、狂う、花すれ、葉
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