しかった。
「貴下《あなた》、真個《ほんとう》に未来というものはありますものでございましょうか知ら。」
「…………」
「もしあるものと極《きま》りますなら、地獄でも極楽でも構いません。逢いたい人が其処《そこ》にいるんなら。さっさと其処へ行《ゆ》けば宜《よろ》しいんですけれども、」
と土筆《つくし》のたけの指《ゆび》白《しろ》う、またうつつなげに草を摘《つ》み、摘み、
「きっとそうと極《きま》りませんから、もしか、死んでそれっきりになっては情《なさけ》ないんですもの。そのくらいなら、生きていて思い悩んで、煩《わず》らって、段々消えて行《ゆ》きます方が、いくらか増《まし》だと思います。忘れないで、何時《いつ》までも、何時までも、」
と言い言い抜き取った草の葉をキリキリと白歯《しろは》で噛《か》んだ。
トタンに慌《あわただ》しく、男の膝越《ひざごし》に衝《つ》とのばした袖《そで》の色も、帯の影も、緑の中に濃くなって、活々《いきいき》として蓮葉《はすは》なものいい。
「いけないわ、人の悪い。」
散策子は答えに窮《きゅう》して、実は草の上に位置も構わず投出《なげだ》された、オリイブ色の上表紙《うわびょうし》に、とき色のリボンで封のある、ノオトブックを、つまさぐっていたのを見たので。
三十三
「こっちへ下さいよ、厭《いや》ですよ。」
と端《はし》へかけた手を手帳に控えて、麦畠《むぎばたけ》へ真正面《まっしょうめん》。話をわきへずらそうと、青天白日《せいてんはくじつ》に身構えつつ、
「歌がお出来なさいましたか。」
「ほほほほ、」
と唯《ただ》笑う。
「絵をお描《か》きになるんですか。」
「ほほほほ。」
「結構ですな、お楽しみですね、些《ち》と拝見いたしたいもんです。」
手を放《はな》したが、附着《くッつ》いた肩も退《の》けないで、
「お見せ申しましょうかね。」
あどけない状《さま》で笑いながら、持直《もちなお》してぱらぱらと男の帯のあたりへ開く。手帳の枚頁《ページ》は、この人の手にあたかも蝶の翼《つばさ》を重ねたようであったが、鉛筆で描《か》いたのは……
一目《ひとめ》見て散策子は蒼《あお》くなった。
大小|濃薄《のうはく》乱雑に、半《なか》ばかきさしたのもあり、歪《ゆが》んだのもあり、震えたのもあり、やめたのもあるが、○《まる》と□《しかく
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