いけな》いよ、遣《や》っちゃ不可《いけ》ない。
芸人なら芸人らしく芸をして銭《おあし》をお取り、とそうお言い。出来ないなら出来ないと言って乞食《こじき》をおし。なぜまた自分の芸が出来ないほど酒を呑んだ、と言ってお遣《や》り。いけ洒亜々々《しゃあしゃあ》失礼じゃないか。)
とむらむらとして、どうしたんですか、じりじり胸が煮え返るようで極《き》めつけますと、窃《そっ》と跫音《あしおと》を忍んで、光《みつ》やは、二階を下りましたっけ。
お恥《はずか》しゅうございますわ。
甲高《かんだか》かったそうで、よく下まで聞えたと見えます。表二階《おもてにかい》にいたんですから。
(何んだって、)
と門口《かどぐち》で喰《く》ってかかるような声がしました。
枕をおさえて起上《おきあが》りますと、女中の声で、御病気なんだからと、こそこそいうのが聞えました。
嘲《あざけ》るように、
(病人なら病人らしく死んじまえ。治《なお》るもんなら治ったら可《よ》かろう。何んだって愚図《ぐず》ついて、煩《わずら》っているんだ。)
と赭顔《あからがお》なのが白い歯を剥《む》き出していうようです。はあ、そんな心持がしましたの。
(おお、死んで見せようか、死ぬのが何も、)とつっと立つと、ふらふらして床《とこ》を放《はな》れて倒れました。段へ、裾《すそ》を投げ出して、欄干《らんかん》につかまった時、雨がさっと暗くなって、私はひとりで泣いたんです。それッきり、声も聞えなくなって、門附《かどづけ》は何処《どこ》へ参りましたか。雨も上って、また明《あかる》い日が当りました。何んですかねえ、十文字に小児《こども》を引背負《ひっしょ》って跣足《はだし》で歩行《ある》いている、四十|恰好《かっこう》の、巌乗《がんじょう》な、絵に描《か》いた、赤鬼《あかおに》と言った形のもののように、今こうやってお話をします内《うち》も考えられます。女中に聞いたのでもございませんのに――
またもう寝床へ倒れッきりになりましょうかとも存じましたけれども、そうしたら気でも違いそうですから、ぶらぶら日向《ひなた》へ出て来たんでございます。
否《いいえ》、はじめてお目にかかりました貴下《あなた》に、こんなお話を申上げまして、もう気が違っておりますのかも分りませんが、」
と言いかけて、心を籠《こ》めて見詰めたらしい、目の色は美
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