楽というものが、アノ確《たしか》に目に見えて、そして死んで行《ゆ》くと同一《おなじ》心持《こころもち》なんでしょう。
楽しいと知りつつも、情《なさけ》ない、心細い、頼りのない、悲しい事なんじゃありませんか。
そして涙が出ますのは、悲しくって泣くんでしょうか、甘えて泣くんでしょうかねえ。
私はずたずたに切られるようで、胸を掻きむしられるようで、そしてそれが痛くも痒《かゆ》くもなく、日当りへ桃の花が、はらはらとこぼれるようで、長閑《のどか》で、麗《うららか》で、美しくって、それでいて寂《さび》しくって、雲のない空が頼りのないようで、緑の野が砂原《すなはら》のようで、前生《ぜんせ》の事のようで、目の前の事のようで、心の内が言いたくッて、言われなくッて、焦《じれ》ッたくって、口惜《くやし》くッて、いらいらして、じりじりして、そのくせぼッとして、うっとり地《じ》の底へ引込《ひきこ》まれると申しますより、空へ抱《だ》き上げられる塩梅《あんばい》の、何んとも言えない心持《こころもち》がして、それで寝ましたんですが、貴下《あなた》、」
小雨《こさめ》が晴れて日の照るよう、忽《たちま》ち麗《うららか》なおももちして、
「こう申してもやっぱりお気に障《さわ》りますか。貴下《あなた》のお姿を見て、心持が悪くなったと言いましたのを、まだ許しちゃ下さいませんか、おや、貴下《あなた》どうなさいましたの。」
身動《みじろ》ぎもせず聞き澄《す》んだ散策子の茫然《ぼんやり》とした目の前へ、紅白粉《べにおしろい》の烈しい流《ながれ》が眩《まばゆ》い日の光で渦《うずま》いて、くるくると廻っていた。
「何んだか、私も変な心持になりました、ああ、」
と掌《てのひら》で目を払って、
「で、そこでお休みになって、」
「はあ、」
「夢でも御覧になりましたか。」
思わず口へ出したが、言い直した、余り唐突《だしぬけ》と心付《こころづ》いて、
「そういうお心持《こころもち》でうたた寐《ね》でもしましたら、どんな夢を見るでしょうな。」
「やっぱり、貴下《あなた》のお姿を見ますわ。」
「ええ、」
「此処《ここ》にこうやっておりますような。ほほほほ。」
と言い知らずあでやかなものである。
「いや、串戯《じょうだん》はよして、その貴女《あなた》、恋しい、慕《した》わしい、そしてどうしても、もう逢《あ》えない、と
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