お言いなすった、その方《かた》の事を御覧なさるでしょうね。」
「その貴下《あなた》に肖《に》た、」
「否《いいえ》さ、」
 ここで顔を見合わせて、二人とも※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》っていた草を同時に棄てた。
「なるほど。寂《しん》としたもんですね、どうでしょう、この閑《しずか》さは……」
 頂《いただき》の松の中では、頻《しきり》に目白《めじろ》が囀《さえず》るのである。

       三十一

「またこの橿原《かしわばら》というんですか、山の裾《すそ》がすくすく出張《でば》って、大きな怪物《ばけもの》の土地の神が海の方へ向って、天地に開いた口の、奥歯へ苗代田《なわしろだ》麦畠《むぎばたけ》などを、引銜《ひっくわ》えた形に見えます。谷戸《やと》の方は、こう見た処《ところ》、何んの影もなく、春の日が行渡《ゆきわた》って、些《ち》と曇《くもり》があればそれが霞《かすみ》のような、長閑《のどか》な景色でいながら、何んだか厭《いや》な心持《こころもち》の処ですね。」
 美女《たおやめ》は身を震わして、何故《なぜ》か嬉《うれ》しそうに、
「ああ、貴下《あなた》もその(厭《いや》な心持)をおっしゃいましたよ。じゃ、もう私もそのお話をいたしましても差支《さしつか》えございませんのね。」
「可《よ》うございます。ははははは。」
 トちょっと更《あらた》まった容子《ようす》をして、うしろ見られる趣《おもむき》で、その二階家《にかいや》の前から路《みち》が一畝《ひとうね》り、矮《ひく》い藁屋《わらや》の、屋根にも葉にも一面の、椿《つばき》の花の紅《くれない》の中へ入って、菜畠《なばたけ》へ纔《わずか》に顕《あらわ》れ、苗代田《なわしろだ》でまた絶えて、遥かに山の裾《すそ》の翠《みどり》に添うて、濁った灰汁《あく》の色をなして、ゆったりと向うへ通じて、左右から突出《つきで》た山でとまる。橿原《かしわばら》の奥深く、蒸《む》し上《あが》るように低く霞《かすみ》の立つあたり、背中合せが停車場《ステイション》で、その腹へ笛太鼓《ふえたいこ》の、異様に響く音《ね》を籠《こ》めた。其処《そこ》へ、遥かに瞳《ひとみ》を通《かよ》わせ、しばらく茫然《ぼうぜん》とした風情《ふぜい》であった。
「そうですねえ、はじめは、まあ、心持《こころもち》、あの辺からだろうと思うんですわ
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