《くちびる》厚く、眦《まなじり》垂れ、頬《ほゝ》ふくらみ、面《おもて》に無数の痘痕《とうこん》あるもの、豕《ゐのこ》の如く肥《こ》えたるが、女装して絹地に立たば、誰《たれ》かこれを見て節婦とし、烈女とし、賢女とし、慈母とせむ。譬《たと》ひこれが閨秀《けいしう》たるの説明をなしたる後《のち》も、吾人一片の情《じやう》を動かすを得ざるなり。婦人といへども亦《また》然らむ。卿等《けいら》は描きたる醜悪の姉妹に対して、よく同情を表し得るか。恐らくは得ざるべし。
薔薇《ばら》には恐るべき刺《とげ》あり。然れども吾人は其美を愛し、其香を喜ぶ。婦人もし艶《えん》にして美、美にして艶ならむか、薄情なるも、残忍なるも、殺意あるも亦《また》害なきなり。
試《こゝろみ》に思へ、彼《か》の糞汁《ふんじふ》はいかむ、其《その》心美なるにせよ、一見すれば嘔吐《おうと》を催す、よしや妻とするの実用に適するも、誰《たれ》か忍びてこれを手にせむ。またそれ蠅《はへ》は厭《いと》ふべし、然れどもこれを花片《はなびら》の場合と仮定せよ「木の下は汁《しる》も鱠《なます》も桜かな」食物を犯すは同一《おなじ》きも美なるが故《ゆ
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