て居《ゐ》た。此方《こつち》も默《だま》つて、特等《とくとう》、とあるのをポンと指《ゆび》のさきで押《お》すと、番頭《ばんとう》が四五尺《しごしやく》する/\と下《さが》つた。(百兩《ひやくりやう》をほどけば人《ひと》をしさらせる)古川柳《こせんりう》に對《たい》して些《ち》と恥《はづ》かしいが(特等《とくとう》といへば番頭《ばんとう》座《ざ》をしさり。)は如何《いかん》? 串戲《じようだん》ぢやあない。が、事實《じじつ》である。
 棟近《むねちか》き山《やま》の端《は》かけて、一陣《いちぢん》風《かぜ》が渡《わた》つて、まだ幽《かすか》に影《かげ》の殘《のこ》つた裏櫺子《うられんじ》の竹《たけ》がさら/\と立騷《たちさわ》ぎ、前庭《ぜんてい》の大樹《たいじゆ》の楓《かへで》の濃《こ》い緑《みどり》を壓《おさ》へて雲《くも》が黒《くろ》い。「風《かぜ》が出《で》ました、もう霽《あが》りませう。」「これはありがたい、お禮《れい》を言《い》ふよ。」「ほほほ。」ふつくり色白《いろじろ》で、帶《おび》をきちんとした島田髷《しまだまげ》の女中《ぢよちう》は、白地《しろぢ》の浴衣《ゆかた》の世話《
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