はない。兩側《りやうがは》が高《たか》い屋並《やなみ》に成《な》つたと思《おも》ふと、立迎《たちむか》ふる山《やま》の影《かげ》が濃《こ》い緑《みどり》を籠《こ》めて、輻《や》とともに動《うご》いて行《ゆ》く。まだ暮果《くれは》てず明《あかる》いのに、濡《ぬ》れつゝ、ちらちらと灯《ひとも》れた電燈《でんとう》は、燕《つばめ》を魚《さかな》のやうに流《なが》して、靜《しづか》な谿川《たにがは》に添《そ》つた。流《ながれ》は細《ほそ》い。横《よこ》に二《ふた》つ三《み》つ、續《つゞ》いて木造《もくざう》の橋《はし》が濡色《ぬれいろ》に光《ひか》つた、此《これ》が旅行案内《りよかうあんない》で知《し》つた圓山川《まるやまがは》に灌《そゝ》ぐのである。
 此《こ》の景色《けしき》の中《なか》を、しばらくして、門《もん》の柳《やなぎ》を潛《くゞ》り、帳場《ちやうば》の入《い》らつしやい――を横《よこ》に聞《き》いて、深《ふか》い中庭《なかには》の青葉《あをば》を潛《くゞ》つて、別《べつ》にはなれに構《かま》へた奧玄關《おくげんくわん》に俥《くるま》が着《つ》いた。旅館《りよくわん》の名《な》の合
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