せわ》をしながら笑《わら》つたが、何《なに》を祕《かく》さう、唯今《たゞいま》の雲行《くもゆき》に、雷鳴《らいめい》をともなひはしなからうかと、氣遣《きづか》つた處《ところ》だから、土地《とち》ツ子《こ》の天氣豫報《てんきよはう》の、風《かぜ》、晴《はれ》、に感謝《かんしや》の意《い》を表《へう》したのであつた。
すぐ女中《ぢよちう》の案内《あんない》で、大《おほき》く宿《やど》の名《な》を記《しる》した番傘《ばんがさ》を、前後《あとさき》に揃《そろ》へて庭下駄《にはげた》で外湯《そとゆ》に行《ゆ》く。此《こ》の景勝《けいしよう》愉樂《ゆらく》の郷《きやう》にして、内湯《うちゆ》のないのを遺憾《ゐかん》とす、と云《い》ふ、贅澤《ぜいたく》なのもあるけれども、何《なに》、青天井《あをてんじやう》、いや、滴《したゝ》る青葉《あをば》の雫《しづく》の中《なか》なる廊下《らうか》續《つゞ》きだと思《おも》へば、渡《わた》つて通《とほ》る橋《はし》にも、川《かは》にも、細々《こま/″\》とからくりがなく洒張《さつぱ》りして一層《いつそう》好《い》い。本雨《ほんあめ》だ。第一《だいいち》、馴《な》れた家《いへ》の中《なか》を行《ゆ》くやうな、傘《かさ》さした女中《ぢよちう》の斜《なゝめ》な袖《そで》も、振事《ふりごと》のやうで姿《すがた》がいゝ。
――湯《ゆ》はきび/\と熱《あつ》かつた。立《た》つと首《くび》ツたけある。誰《たれ》の?……知《し》れた事《こと》拙者《せつしや》のである。處《ところ》で、此《こ》のくらゐ熱《あつ》い奴《やつ》を、と顏《かほ》をざぶ/\と冷水《れいすゐ》で洗《あら》ひながら腹《はら》の中《なか》で加減《かげん》して、やがて、湯《ゆ》を出《で》る、ともう雨《あめ》は霽《あが》つた。持《もち》おもりのする番傘《ばんがさ》に、片手腕《かたてうで》まくりがしたいほど、身《み》のほてりに夜風《よかぜ》の冷《つめた》い快《こゝろよ》さは、横町《よこちやう》の錢湯《せんたう》から我家《わがや》へ歸《かへ》る趣《おもむき》がある。但《たゞ》往交《ゆきか》ふ人々《ひと/″\》は、皆《みな》名所繪《めいしよゑ》の風情《ふぜい》があつて、中《なか》には塒《ねぐら》に立迷《たちまよ》ふ旅商人《たびあきうど》の状《さま》も見《み》えた。
並《なら》んだ膳《ぜん》は、土
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