羽屋《かつぱや》もおもしろい。
へい、ようこそお越《こ》しで。挨拶《あいさつ》とともに番頭《ばんとう》がズイと掌《てのひら》で押出《おしだ》して、扨《さ》て默《だま》つて顏色《かほいろ》を窺《うかゞ》つた、盆《ぼん》の上《うへ》には、湯札《ゆふだ》と、手拭《てぬぐひ》が乘《の》つて、上《うへ》に請求書《せいきうしよ》、むかし「かの」と云《い》つたと聞《き》くが如《ごと》き形式《けいしき》のものが飜然《ひらり》とある。おや/\前勘《まへかん》か。否《いな》、然《さ》うでない。……特《とく》、一《いち》、二《に》、三等《さんとう》の相場《さうば》づけである。温泉《をんせん》の雨《あめ》を掌《たなごころ》に握《にぎ》つて、我《わ》がものにした豪儀《ごうぎ》な客《きやく》も、ギヨツとして、此《こ》れは悄氣《しよげ》る……筈《はず》の處《ところ》を……又《また》然《さ》うでない。實《じつ》は一昨年《いつさくねん》の出雲路《いづもぢ》の旅《たび》には、仔細《しさい》あつて大阪朝日新聞《おほさかあさひしんぶん》學藝部《がくげいぶ》の春山氏《はるやまし》が大屋臺《おほやたい》で後見《こうけん》について居《ゐ》た。此方《こつち》も默《だま》つて、特等《とくとう》、とあるのをポンと指《ゆび》のさきで押《お》すと、番頭《ばんとう》が四五尺《しごしやく》する/\と下《さが》つた。(百兩《ひやくりやう》をほどけば人《ひと》をしさらせる)古川柳《こせんりう》に對《たい》して些《ち》と恥《はづ》かしいが(特等《とくとう》といへば番頭《ばんとう》座《ざ》をしさり。)は如何《いかん》? 串戲《じようだん》ぢやあない。が、事實《じじつ》である。
棟近《むねちか》き山《やま》の端《は》かけて、一陣《いちぢん》風《かぜ》が渡《わた》つて、まだ幽《かすか》に影《かげ》の殘《のこ》つた裏櫺子《うられんじ》の竹《たけ》がさら/\と立騷《たちさわ》ぎ、前庭《ぜんてい》の大樹《たいじゆ》の楓《かへで》の濃《こ》い緑《みどり》を壓《おさ》へて雲《くも》が黒《くろ》い。「風《かぜ》が出《で》ました、もう霽《あが》りませう。」「これはありがたい、お禮《れい》を言《い》ふよ。」「ほほほ。」ふつくり色白《いろじろ》で、帶《おび》をきちんとした島田髷《しまだまげ》の女中《ぢよちう》は、白地《しろぢ》の浴衣《ゆかた》の世話《
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