らふらと足のようなものがついて取れる。頭をたたいて、
「飯蛸より、これは、海月《くらげ》に似ている、山の海月だね。」
「ほんになあ。」
じゃあま、あばあ、阿媽《おっかあ》が、いま、(狐の睾丸《がりま》)ぞと詈《ののし》ったのはそれである。
が、待て――蕈狩《たけがり》、松露取は闌《たけなわ》の興に入《い》った。
浪路は、あちこち枝を潜《くぐ》った。松を飛んだ、白鷺《しらさぎ》の首か、脛《はぎ》も見え、山鳥の翼の袖も舞った。小鳥のように声を立てた。
砂山の波が重《かさな》り重って、余りに二人のほかに人がない。――私はなぜかゾッとした。あの、翼、あの、帯が、ふとかかる時、色鳥とあやまられて、鉄砲で撃たれはしまいか。――今朝も潜水夫のごときしたたかな扮装《いでたち》して、宿を出た銃猟家《てっぽううち》を四五人も見たものを。
遠くに、黒い島の浮いたように、脱ぎすてた外套《がいとう》を、葉越に、枝越に透《すか》して見つけて、「浪路さん――姉さん――」と、昔の恋に、声がくもった。――姿を見失ったその人を、呼んで、やがて、莞爾《にっこり》した顔を見た時は、恋人にめぐり逢った、世にも嬉しさを知ったのである。
阿婆《おばば》、これを知ってるか。
無理に外套に掛けさせて、私も憩った。
着崩れた二子織《ふたこ》の胸は、血を包んで、羽二重よりも滑《なめらか》である。
湖の色は、あお空と、松山の翠《みどり》の中に朗《ほがらか》に沁《し》み通った。
もとのように、就中《なかんずく》遥《はるか》に離れた汀《みぎわ》について行く船は、二|艘《そう》、前後に帆を掛けて辷《すべ》ったが、その帆は、紫に見え、紅《あか》く見えて、そして浪路の襟に映り、肌を染めた。渡鳥がチチと囀《さえず》った。
「あれ、小松山の神さんが。」
や、や、いかに阿媽《おっかあ》たち、――この趣を知ってるか。――
「旦那、眉毛を濡らさんかねえ。」
「この狐。」
と一人が、浪路の帯を突きざまに行き抜けると、
「浜でも何人抜かれたやら。」一人がつづいて頤《あご》で掬《すく》った。
「また出て、魅《ばか》しくさるずらえ。」
「真昼間《まっぴるま》だけでも遠慮せいてや。」
「女《め》の狐の癖にして、睾丸《がりま》をつかませたは可笑《おかし》なや、あはははは。」
「そこが化けたのや。」
「おお、可恐《こわ》やの。」
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