だつ、この優しい女の心づかいを知ってるか。
――あれから菜畑を縫いながら、更に松山の松の中へ入ったが、山に山を重ね、砂に砂、窪地の谷を渡っても、余りきれいで……たまたま落ちこぼれた松葉のほかには、散敷いた木《こ》の葉もなかった。
この浪路が、気をつかい、心を尽した事は言うまでもなかろう。
阿媽、これを知ってるか。
たちまち、口紅のこぼれたように、小さな紅茸《べにたけ》を、私が見つけて、それさえ嬉しくって取ろうとするのを、遮って留めながら、浪路が松の根に気も萎《な》えた、袖褄《そでつま》をついて坐った時、あせった頬は汗ばんで、その頸脚《えりあし》のみ、たださしのべて、討たるるように白かった。
阿媽、それを知ってるか。
薄色の桃色の、その一つの紅茸を、灯《ともしび》のごとく膝の前に据えながら、袖を合せて合掌して、「小松山さん、山の神さん、どうぞ茸《きのこ》を頂戴な。下さいな。」と、やさしく、あどけない声して言った。
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「小松山さん、山の神さん、
どうぞ、茸を頂戴な。
下さいな。――」
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真の心は、そのままに唄である。
私もつり込まれて、低声《こごえ》で唄った。
「ああ、ありました。」
「おお、あった。あった。」
ふと見つけたのは、ただ一本、スッと生えた、侏儒《いっすんぼし》が渋蛇目傘《しぶじゃのめ》を半びらきにしたような、洒落《しゃれ》ものの茸であった。
「旦那さん、早く、あなた、ここへ、ここへ。」
「や、先刻見た、かっぱだね。かっぱ占地茸……」
「一つですから、一本占地茸とも言いますの。」
まず、枯松葉を笊に敷いて、根をソッと抜いて据えたのである。
続いて、霜こしの黄茸を見つけた――その時の歓喜を思え。――真打だ。本望だ。
「山の神さんが下さいました。」
浪路はふたたび手を合した。
「嬉しく頂戴をいたします。」
私も山に一礼した。
さて一つ見つかると、あとは女郎花《おみなえし》の枝ながらに、根をつらねて黄色に敷く、泡のようなの、針のさきほどのも交《まじ》った。松の小枝を拾って掘った。尖《さき》はとがらないでも、砂地だからよく抜ける。
「松露よ、松露よ、――旦那さん。」
「素晴しいぞ。」
むくりと砂を吹く、飯蛸《いいだこ》の乾《から》びた天窓《あたま》ほどなのを掻くと、砂を被《かぶ》って、ふ
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