い。」
 お民はそのまま、すらりと敷居へ、後手を弱腰に、引っかけの端をぎゅうと撫《な》で、軽《かろ》く衣紋《えもん》を合わせながら、後姿の襟清く、振返って入ったあと、欄干《てすり》の前なる障子を閉めた。
「ここが開《あ》いていちゃ寒いでしょう。」
「何だかぞくぞくするようね、悪い陽気だ。」
 と火鉢を前へ。
「開《あけ》ッ放しておくからさ。」
「でもお民さん、貴女が居るのに、そこを閉めておくのは気になります。」
 時に燈に近う来た。瞼《まぶた》に颯《さっ》と薄紅《うすくれない》。

       二

 坐《すわ》ると炭取を引寄せて、火箸《ひばし》を取って俯向《うつむ》いたが、
「お礼に継いで上げましょうね。」
「どうぞ、願います。」
「まあ、人様のもので、義理をするんだよ、こんな呑気《のんき》ッちゃありやしない。串戯《じょうだん》はよして、謹さん、東京《こっち》は炭が高いんですってね。」
 主人《あるじ》は大胡座《おおあぐら》で、落着澄まし、
「吝《けち》なことをお言いなさんな、お民さん、阿母《おふくろ》は行火《あんか》だというのに、押入には葛籠《つづら》へ入って、まだ蚊帳《かや》が
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