ここに逗留《とうりゅう》している、お民といって縁続き、一蒔絵師《あるまきえし》の女房である。
 階下《した》で添乳《そえぢ》をしていたらしい、色はくすんだが艶《つや》のある、藍《あい》と紺、縦縞《たてじま》の南部の袷《あわせ》、黒繻子《くろじゅす》の襟のなり、ふっくりとした乳房の線、幅細く寛《くつろ》いで、昼夜帯の暗いのに、緩く纏《まと》うた、縮緬《ちりめん》の扱帯《しごき》に蒼味《あおみ》のかかったは、月の影のさしたよう。
 燈火《ともしび》に対して、瞳|清《すず》しゅう、鼻筋がすっと通り、口許《くちもと》の緊《しま》った、痩《や》せぎすな、眉のきりりとした風采《とりなり》に、しどけない態度《なり》も目に立たず、繕わぬのが美しい。
「これは憚り、お使い柄|恐入《おそれい》ります。」
 と主人は此方《こなた》に手を伸ばすと、見得もなく、婦人《おんな》は胸を、はらんばいになるまでに、ずッと出して差置くのを、畳をずらして受取って、火鉢の上でちょっと見たが、端書《はがき》の用は直ぐに済んだ。
 机の上に差置いて、
「ほんとに御苦労様でした。」
「はいはい、これはまあ、御丁寧な、御挨拶《ごあい
前へ 次へ
全21ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング