どう工面の成ろうわけはないのに、一ツ売り二つ売り、一日だてに、段々煙は細くなるし、もう二人が消えるばかりだから、世間体さえ構わないなら、身体《からだ》一ツないものにして、貴下を自由にしてあげたい、としょっちゅうそう思っていらしったってね。お互に今聞いても、身ぶるいが出るじゃありませんか。」
と顔を上げて目を合わせる、両人の手は左右から、思わず火鉢を圧《おさ》えたのである。
「私はまた私で、何です、なまじ薄髯《うすひげ》の生えた意気地のない兄哥《あにい》がついているから起って、相応にどうにか遣繰《やりく》って行《ゆ》かれるだろう、と思うから、食物《くいもの》の足りぬ阿母を、世間でも黙って見ている。いっそ伜《せがれ》がないものと極《きま》ったら、たよる処も何にもない。六十を越した人を、まさか見殺しにはしないだろう。
やっちまおうかと、日に幾度《いくたび》考えたかね。
民さんも知っていましょう、あの年は、城の濠《ほり》で、大層|投身者《みなげ》がありました。」
同一年《おないどし》の、あいやけは、姉さんのような頷《うなず》き方。
「ああ。」
三
「確か六七人もあったでしょう。」
お民は聞いて、火鉢のふちに、算盤《そろばん》を弾《はじ》くように、指を反らして、
「謹さん、もっとですよ。八月十日の新聞までに、八人だったわ。」
と仰いで目を細うして言った。幼い時から、記憶の鋭い婦人である。
「じゃ、九人になる処だった。貴女《あなた》の内へ遊びに行《ゆ》くと、いつも帰りが遅くなって、日が暮れちゃ、あの濠端《ほりばた》を通ったんですがね、石垣が蒼《あお》く光って、真黒《まっくろ》な水の上から、むらむらと白い煙が、こっちに這《は》いかかって来るように見えるじゃありませんか。
引込まれては大変だと、早足に歩行《ある》き出すと、何だかうしろから追い駈《か》けるようだから、一心に遁《に》げ出してさ、坂の上で振返ると、凄《すご》いような月で。
ああ、春の末でした。
あとについて来たものは、自分の影法師ばかりなんです。
自分の影を、死神と間違えるんだもの、御覧なさい、生きている瀬はなかったんですよ。」
「心細いじゃありませんか、ねえ。」
と寂《さみ》しそうに打傾く、面《おもて》に映って、頸《うなじ》をかけ、黒繻子《くろじゅす》の襟に障子の影、薄ら蒼く見え
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