、以前|女髪結《おんなかみゆい》が住んで居て、取散《とりちら》かした元結《もっとい》が化《な》つたといふ、足巻《あしまき》と名づける針金に似た黒い蚯蚓《みみず》が多いから、心持《こころもち》が悪くつて、故《わざ》と外を枕にして、並んで寝たが、最《も》う夏の初めなり、私には清らかに小掻巻《こがいまき》。
 寝る時、着換《きか》へて、と謂《い》つて、女《むすめ》の浴衣《ゆかた》と、紅《あか》い扱帯《しごき》をくれたけれども、角兵衛獅子《かくべえじし》の母衣《ほろ》ではなし、母様《おっかさん》のいひつけ通り、帯を〆《し》めたまゝで横になつた。
 お辻は寒さをする女《むすめ》で、夜具《やぐ》を深く被《か》けたのである。
 唯《と》顔を見合せたが、お辻は思出《おもいだ》したやうに、莞爾《にっこり》して、
「さつき、駆出《かけだ》して来て、薬屋の前でころんだのね、大《おおき》な形《なり》をして、をかしかつたよ。」
「呀《や》、復《また》見て居たの、」と私は思はず。……
 之《これ》は此の春頃から、其まで人の出入《ではいり》さへ余りなかつた上《かみ》の薬屋が方《かた》へ、一|人《にん》の美少年が来て
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