飛込《とびこ》んだ。
人仕事《ひとしごと》に忙《いそがわ》しい家の、晩飯の支度は遅く、丁《ちょう》ど御膳《ごぜん》。取附《とっつき》の障子を開《あ》けると、洋燈《ランプ》の灯《あかし》も朦朧《もうろう》とするばかり、食物《たべもの》の湯気が立つ。
冬でも夏でも、暑い汁《つゆ》の好《すき》だつたお辻の母親は、むんむと気の昇る椀《わん》を持つたまゝ、ほてつた顔をして、
「おや、おいで。」
「大層おもたせぶりね、」とお辻は箸箱《はしばこ》をがちやりと云はせる。
母親もやがて茶碗の中で、さら/\と洗つて塗箸《ぬりばし》を差置《さしお》いた。
手で片頬《かたほ》をおさへて、打傾《うちかたむ》いて小楊枝《こようじ》をつかひながら、皿小鉢《さらこばち》を寄せるお辻を見て、
「あしたにすると可《い》いやね、勝手へ行つてたら坊《ぼう》ちやんが淋《さび》しからう、私は直《すぐ》に出懸《でか》けるから。」
「然《そ》うねえ。」
「可《い》いよ、可《い》いよ、構《かま》やしないや、独《ひとり》で遊んでら。」と無雑作《むぞうさ》に、小さな足で大胡坐《おおあぐら》になる。
「ぢや、まあ、お出懸けなさいまし
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