剥《すりむ》けました、薬をつけて上げませう。」と左手《ゆんで》には何《ど》うして用意をしたらう、既に薫《かおり》の高いのを持つて居た。
守宮《やもり》の血で二《に》の腕《うで》に極印《ごくいん》をつけられるまでも、膝に此の薬を塗られて何《ど》うしよう。
「厭《いや》だ、厭だ。」と、しやにむに身悶《みもだえ》して、声高《こわだか》になると、
「強情だねえ、」といつたが、漸《やっ》と手を放し、其のまゝ駆出《かけだ》さうとする耳の底へ、
「今夜、お辻さんの処《ところ》へ泊りに行《ゆ》くね。」
といふ一聯《いちれん》の言《ことば》を刻《きざ》んだのを、……今に到つて忘れない。
内へ帰ると早速、夕餉《ゆうげ》を済《すま》し、一寸《ちょいと》着換《きか》へ、糸、犬、錨《いかり》、などを書いた、読本《どくほん》を一冊、草紙《そうし》のやうに引提《ひっさ》げて、母様《おっかさん》に、帯の結目《むすびめ》を丁《トン》と叩《たた》かれると、直《すぐ》に戸外《おもて》へ。
海から颯《さっ》と吹く風に、本のペエジを乱しながら、例のちよこ/\、をばさん、辻《つう》ちやんと呼びざまに、からりと開《あ》けて
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