《つまず》いて礑《はた》と倒れたのである。
俗にいふ越後は八百八後家《はっぴゃくやごけ》、お辻が許《とこ》も女ぐらし、又|海手《うみて》の二階屋も男気《おとこげ》なし、棗《なつめ》の樹《き》のある内も、男が出入《ではいり》をするばかりで、年増《としま》は蚊帳《かや》が好《すき》だといふ、紙谷町一町の間《あいだ》に、四軒、いづれも夫なしで、就中《なかんずく》今転んだのは、勝手の知れない怪しげな婦人の薬屋であつた。
何処《いずこ》も同一《おなじ》、雪国の薄暗い屋造《やづくり》であるのに、廂《ひさし》を長く出した奥深く、煤《すす》けた柱に一枚懸けたのが、薬の看板で、雨にも風にも曝《さら》された上、古び切つて、虫ばんで、何といふ銘《めい》だか誰《たれ》も知つたものはない。藍《あい》を入れた字のあとは、断々《きれぎれ》になつて、恰《あたか》も青い蛇《へび》が、渦《うずま》き立つ雲がくれに、昇天をする如く也《なり》。
別に、風邪薬《かざぐすり》を一|貼《ちょう》、凍傷《しもやけ》の膏薬《こうやく》一貝《ひとかい》買ひに行つた話は聞かぬが、春の曙《あけぼの》、秋の暮、夕顔の咲けるほど、炉《ろ》
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