る時《とき》も、と然《さ》う思《おも》つて、根際《ねぎは》に居《ゐ》た黒《くろ》い半被《はつぴ》を被《き》た、可愛《かはい》い顏《かほ》の、小《ちひ》さな蟻《あり》のやうなものが、偉大《ゐだい》なる材木《ざいもく》を仰《あふ》いだ時《とき》は、手足《てあし》を縮《ちゞ》めてぞつとしたが、
(父親《ちやん》は何《ど》うしてるだらう、)と考《かんが》へついた。
 鋸《のこぎり》は又《また》動《うご》いて、
(左樣《さう》だ、今頃《いまごろ》は彌六《やろく》親仁《おやぢ》がいつもの通《とほり》、筏《いかだ》を流《なが》して來《き》て、あの、船《ふね》の傍《そば》を漕《こ》いで通《とほ》りすがりに、父上《ちやん》に聲《こゑ》をかけてくれる時分《じぶん》だ、)
 と思《おも》はず振向《ふりむ》いて池《いけ》の方《はう》、うしろの水《みづ》を見返《みかへ》つた。
 溜池《ためいけ》の眞中《まんなか》あたりを、頬冠《ほゝかむり》した、色《いろ》のあせた半被《はつぴ》を着《き》た、脊《せい》の低《ひく》い親仁《おやぢ》が、腰《こし》を曲《ま》げ、足《あし》を突張《つツぱ》つて、長《なが》い棹《さを》を
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