てん/″\ばら/\になつて、此《この》風《かぜ》のない、天《そら》の晴《は》れた、曇《くもり》のない、水面《すゐめん》のそよ/\とした、靜《しづ》かな、穩《おだや》かな日中《ひなか》に處《しよ》して、猶且《なほか》つ暴風《ばうふう》に揉《も》まれ、搖《ゆ》らるゝ、其《そ》の瞬間《しゆんかん》の趣《おもむき》あり。ものの色《いろ》もすべて褪《あ》せて、其《その》灰色《はひいろ》に鼠《ねずみ》をさした濕地《しつち》も、草《くさ》も、樹《き》も、一|部落《ぶらく》を蔽包《おほひつゝ》むだ夥多《おびたゞ》しい材木《ざいもく》も、材木《ざいもく》の中《なか》を見《み》え透《す》く溜池《ためいけ》の水《みづ》の色《いろ》も、一切《いつさい》、喪服《もふく》を着《つ》けたやうで、果敢《はか》なく哀《あはれ》である。

        三

 界隈《かいわい》の景色《けしき》がそんなに沈鬱《ちんうつ》で、濕々《じめ/\》として居《ゐ》るに從《したが》うて、住《す》む者《もの》もまた高聲《たかごゑ》ではものをいはない。歩行《あるく》にも内端《うちわ》で、俯向《うつむ》き勝《がち》で、豆腐屋《とうふや》も
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