つかゝへ》もあらうといふ幹《みき》に注連繩《しめなは》を張《は》つた樟《くすのき》の大樹《だいじゆ》の根《ね》に、恰《あたか》も山《やま》の端《は》と思《おも》ふ處《ところ》に、しツきりなく降《ふ》りかゝる翠《みどり》の葉《は》の中《なか》に、落《お》ちて落《お》ち重《かさ》なる葉《は》の上《うへ》に、あたりは眞暗《まつくら》な處《ところ》に、蟲《むし》よりも小《ちひさ》な身體《からだ》で、この大木《たいぼく》の恰《あたか》も其《そ》の注連繩《しめなは》の下《した》あたりに鋸《のこぎり》を突《つき》さして居《ゐ》るのに心着《こゝろづ》いて、恍惚《うつとり》として目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つたが、氣《き》が遠《とほ》くなるやうだから、鋸《のこぎり》を拔《ぬ》かうとすると、支《つか》へて、堅《かた》く食入《くひい》つて、微《かす》かにも動《うご》かぬので、はツと思《おも》ふと、谷々《たに/″\》、峰々《みね/\》、一陣《いちぢん》轟《ぐわう》!と渡《わた》る風《かぜ》の音《おと》に吃驚《びつくり》して、數千仞《すうせんじん》の谷底《たにそこ》へ、眞倒《まつさかさま》に落《お》ちたと思《おも》つて、小屋《こや》の中《なか》から轉《ころ》がり出《だ》した。
「大變《たいへん》だ、大變《たいへん》だ。」
「あれ! お聞《き》き、」と涙聲《なみだごゑ》で、枕《まくら》も上《あが》らぬ寢床《ねどこ》の上《うへ》の露草《つゆくさ》の、がツくりとして仰向《あをむ》けの淋《さびし》い素顏《すがほ》に紅《べに》を含《ふく》んだ、白《しろ》い頬《ほゝ》に、蒼《あを》みのさした、うつくしい、妹《いもうと》の、ばさ/\した天神髷《てんじんまげ》の崩《くづ》れたのに、淺黄《あさぎ》の手絡《てがら》が解《と》けかゝつて、透通《すきとほ》るやうに眞白《まつしろ》で細《ほそ》い頸《うなじ》を、膝《ひざ》の上《うへ》に抱《だ》いて、抱占《かゝへし》めながら、頬摺《ほゝずり》していつた。お品《しな》が片手《かたて》にはしつかりと前刻《さつき》の手紙《てがみ》を握《にぎ》つて居《ゐ》る。
「ねえ、ねえ、お聞《き》きよ、あれ、柳《りう》ちやん――柳《りう》ちやん――しつかりおし。お手紙《てがみ》にも、そこらの材木《ざいもく》に枝葉《えだは》がさかえるやうなことがあつたら、夫婦
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