《たすき》を脱《はづ》した。斜《なゝ》めに袈裟《けさ》になつて結目《むすびめ》がすらりと下《さが》る。
「お邪魔《じやま》申《まを》しました。」
「あれだよ。又《また》、」と、莞爾《につこり》していふ。
「さうだつけな、うむ、此方《こつち》あお客《きやく》だぜ。」
與吉《よきち》は獨《ひとり》で頷《うなづ》いたが、背向《うしろむき》になつて、肱《ひぢ》を張《は》つて、南《なん》の字《じ》の印《しるし》が動《うご》く、半被《はつぴ》の袖《そで》をぐツと引《ひ》いて、手《て》を掉《ふ》つて、
「おかみさん、大威張《おほゐばり》だ。」
「あばよ。」
六
「あい、」といひすてに、急足《いそぎあし》で、與吉《よきち》は見《み》る内《うち》に間近《まぢか》な澁色《しぶいろ》の橋《はし》の上《うへ》を、黒《くろ》い半被《はつぴ》で渡《わた》つた。眞中頃《まんなかごろ》で、向岸《むかうぎし》から駈《か》けて來《き》た郵便脚夫《いうびんきやくふ》と行合《ゆきあ》つて、遣違《やりちが》ひに一緒《いつしよ》になつたが、分《わか》れて橋《はし》の兩端《りやうはし》へ、脚夫《きやくふ》はつか/\と間近《まぢか》に來《き》て、與吉《よきち》は彼《か》の、倒《たふ》れながらに半《なか》ば黄《き》ばんだ銀杏《いてふ》の影《かげ》に小《ちひ》さくなつた。
七
「郵便《いうびん》!」
「はい、」と柳《やなぎ》の下《した》で、洗髮《あらひがみ》のお品《しな》は、手足《てあし》の眞黒《まつくろ》な配達夫《はいたつふ》が、突當《つきあた》るやうに目《め》の前《まへ》に踏留《ふみと》まつて棒立《ぼうだち》になつて喚《わめ》いたのに、驚《おどろ》いた顏《かほ》をした。
「更科《さらしな》お柳《りう》さん、」
「手前《てまへ》どもでございます。」
お品《しな》は受取《うけと》つて、青《あを》い状袋《じやうぶくろ》の上書《うはがき》をじつと見《み》ながら、片手《かたて》を垂《た》れて前垂《まへだれ》のさきを抓《つま》むで上《あ》げつゝ、素足《すあし》に穿《は》いた黒緒《くろを》の下駄《げた》を揃《そろ》へて立《た》つてたが、一寸《ちよつと》飜《かへ》して、裏《うら》の名《な》を讀《よ》むと、顏《かほ》の色《いろ》が動《うご》いて、横目《よこめ》に框《かまち》をすかして、片
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