《なかぞら》に流星《りうせい》の如《ごと》き尾《を》を引《ひ》いたが、※[#「火+發」、717−14]《ぱつ》と火花《ひばな》が散《ち》つて、蒼《あを》くして黒《くろ》き水《みづ》の上《うへ》へ亂《みだ》れて落《お》ちた。
屹《きつ》と見《み》て、
「お柳《りう》、」
「え、」
「およそ世《よ》の中《なか》にお前《まへ》位《ぐらゐ》なことを、私《わたし》にするものはない。」
と重々《おも/\》しく且《か》つ沈《しづ》んだ調子《てうし》で、男《をとこ》は肅然《しゆくぜん》としていつた。
「女房《にようばう》ですから、」
と立派《りつぱ》に言《い》ひ放《はな》ち、お柳《りう》は忽《たちま》ち震《ふる》ひつくやうに、岸破《がば》と男《をとこ》の膝《ひざ》に頬《ほゝ》をつけたが、消入《きえい》りさうな風采《とりなり》で、
「そして同年紀《おなじとし》だもの。」
男《をとこ》は其《その》頸《うなじ》を抱《だ》かうとしたが、フト目《め》を反《そ》らす水《みづ》の面《おも》、一|點《てん》の火《ひ》は未《ま》だ消《き》えないで殘《のこ》つて居《ゐ》たので。驚《おどろ》いて、じつと見《み》れば、お柳《りう》が投《な》げた卷煙草《まきたばこ》の其《それ》ではなく、靄《もや》か、霧《きり》か、朦朧《もうろう》とした、灰色《はひいろ》の溜池《ためいけ》に、色《いろ》も稍《やゝ》濃《こ》く、筏《いかだ》が見《み》えて、天窓《あたま》の圓《まる》い小《ちひさ》な形《かたち》が一個《ひとつ》乘《の》つて蹲《しやが》むで居《ゐ》たが、煙管《きせる》を啣《くは》へたらうと思《おも》はれる、火《ひ》の光《ひかり》が、ぽツちり。
又《また》水《みづ》の上《うへ》を歩行《ある》いて來《き》たものがある。が船《ふね》に居《ゐ》るでもなく、裾《すそ》が水《みづ》について居《ゐ》るでもない。脊《せ》高《たか》く、霧《きり》と同《おんなじ》鼠《ねずみ》の薄《うす》い法衣《ころも》のやうなものを絡《まと》つて、向《むかう》の岸《きし》からひら/\と。
見《み》る間《ま》に水《みづ》を離《はな》れて、すれ違《ちが》つて、背後《うしろ》なる木納屋《きなや》に立《た》てかけた數《すう》百|本《ぽん》の材木《ざいもく》の中《なか》に消《き》えた、トタンに認《みと》めたのは、緑青《ろくしやう》で塗《ぬ》つたやう
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