な面《おもて》、目《め》の光《ひか》る、口《くち》の尖《とが》つた、手足《てあし》は枯木《かれき》のやうな異人《いじん》であつた。
「お柳《りう》。」と呼《よ》ばうとしたけれども、工學士《こうがくし》は餘《あま》りのことに聲《こゑ》が出《で》なくツて瞳《ひとみ》を据《す》ゑた。
爾時《そのとき》何事《なにごと》とも知《し》れず仄《ほの》かにあかりがさし、池《いけ》を隔《へだ》てた、堤防《どて》の上《うへ》の、松《まつ》と松《まつ》との間《あひだ》に、すつと立《た》つたのが婦人《をんな》の形《かたち》、ト思《おも》ふと細長《ほそなが》い手《て》を出《だ》し、此方《こなた》の岸《きし》を氣《け》だるげに指招《さしまね》く。
學士《がくし》が堪《た》まりかねて立《た》たうとする足許《あしもと》に、船《ふね》が横《よこ》ざまに、ひたとついて居《ゐ》た、爪先《つまさき》の乘《の》るほどの處《ところ》にあつたのを、霧《きり》が深《ふか》い所爲《せゐ》で知《し》らなかつたのであらう、單《たゞ》そればかりでない。
船《ふね》の胴《どう》の室《ま》に嬰兒《あかご》が一人《ひとり》、黄色《きいろ》い裏《うら》をつけた、紅《くれなゐ》の四《よ》ツ身《み》を着《き》たのが辷《すべ》つて、彼《か》の婦人《をんな》の招《まね》くにつれて、船《ふね》ごと引《ひ》きつけらるゝやうに、水《みづ》の上《うへ》をする/\と斜《なゝ》めに行《ゆ》く。
其《その》道筋《みちすぢ》に、夥《おびたゞ》しく沈《しづ》めたる材木《ざいもく》は、恰《あたか》も手《て》を以《も》て掻《か》き退《の》ける如《ごと》くに、算《さん》を亂《みだ》して颯《さつ》と左右《さいう》に分《わか》れたのである。
其《それ》が向《むか》う岸《ぎし》へ着《つ》いたと思《おも》ふと、四邊《あたり》また濛々《もう/\》、空《そら》の色《いろ》が少《すこ》し赤味《あかみ》を帶《お》びて、殊《こと》に黒《くろ》ずんだ水面《すゐめん》に、五六|人《にん》の氣勢《けはひ》がする、囁《さゝや》くのが聞《きこ》えた。
「お柳《りう》、」と思《おも》はず抱占《だきし》めた時《とき》は、淺黄《あさぎ》の手絡《てがら》と、雪《ゆき》なす頸《うなじ》が、鮮《あざ》やかに、狹霧《さぎり》の中《なか》に描《ゑが》かれたが、見《み》る/\、色《いろ》があせて
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