氣《き》が怯《ひ》けます。其《それ》にあなたも舊《もと》と違《ちが》つて、今《いま》のやうな御身分《おみぶん》でせう、所詮《しよせん》叶《かな》はないと斷《あきら》めても、斷《あきら》められないもんですから、あなた笑《わら》つちや厭《いや》ですよ。」
 といひ淀《よど》んで一寸《ちよつと》男《をとこ》の顏《かほ》。
「斷《あきら》めのつくやうに、斷《あきら》めさして下《くだ》さいツて、お願《ねが》ひ申《まを》した、あの、お返事《へんじ》を、夜《よ》の目《め》も寢《ね》ないで待《ま》ツてますと、前刻《さつき》下《くだ》すつたのが、あれ……ね。
 深川《ふかがは》の此《こ》の木場《きば》の材木《ざいもく》に葉《は》が繁《しげ》つたら、夫婦《いつしよ》になつて遣《や》るツておつしやつたのね。何《ど》うしたつて出來《でき》さうもないことが出來《でき》たのは、私《わたし》の念《ねん》が屆《とゞ》いたんですよ。あなた、こんなに思《おも》ふもの、其《その》位《くらゐ》なことはありますよ。」
 と猶《なほ》しめやかに、
「ですから、最《も》う大威張《おほゐばり》。其《それ》でなくツてはお聲《こゑ》だつて聞《き》くことの出來《でき》ないので、押懸《おしか》けて行《い》つて、無理《むり》に其《そ》の材木《ざいもく》に葉《は》の繁《しげ》つた處《ところ》をお目《め》に懸《か》けようと思《おも》つて連出《つれだ》して來《き》たんです。
 あなた分《わか》つたでせう、今《いま》あの木挽小屋《こびきごや》の前《まへ》を通《とほ》つて見《み》たでせう。疑《うたが》ふもんぢやありませんよ。人《ひと》の思《おもひ》ですわ、眞暗《まつくら》だから分《わか》らないつてお疑《うたぐ》ンなさるのは、そりや、あなたが邪慳《じやけん》だから、邪慳《じやけん》な方《かた》にや分《わか》りません。」
 又《また》默《だま》つて俯向《うつむ》いた、しばらくすると顏《かほ》を上《あ》げて斜《なゝ》めに卷煙草《まきたばこ》を差寄《さしよ》せて、
「あい。」
「…………」
「さあ、」
「…………」
「邪慳《じやけん》だねえ。」
「…………」
「えゝ!、要《い》らなきや止《よ》せ。」
 といふが疾《はや》いか、ケンドンに投《はふ》り出《だ》した、卷煙草《まきたばこ》の火《ひ》は、ツツツと橢圓形《だゑんけい》に長《なが》く中空
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