せう。濟《す》みませんねえ。あなたも厭《いや》だといふし、其《それ》に私《わたし》も、そりや樣子《やうす》を知《し》つて居《ゐ》て、一所《いつしよ》に苦勞《くらう》をして呉《く》れたからツたつても、※[#「姉」の正字、「※[#第3水準1−85−57]」の「木」に代えて「女」、715−2]《ねえ》さんには極《きまり》が惡《わる》くツて、内《うち》へお連《つ》れ申《まを》すわけには行《ゆ》かないしさ。我儘《わがまゝ》ばかり、お寢《よ》つて在《い》らつしやつたのを、こんな處《ところ》まで連《つ》れて來《き》て置《お》いて、坐《すわ》つてお休《やす》みなさることさへ出來《でき》ないんだよ。」
 お柳《りう》はいひかけて涙《なみだ》ぐんだやうだつたが、しばらくすると、
「さあ、これでもお敷《し》きなさい、些少《ちつと》はたしになりますよ。さあ、」
 擦寄《すりよ》つた氣勢《けはひ》である。
「袖《そで》か、」
「お厭《いや》?」
「そんな事《こと》を、しなくツても可《い》い。」
「可《よ》かあありませんよ、冷《ひ》えるもの。」
「可《い》いよ。」
「あれ、情《じやう》が強《こは》いねえ、さあ、えゝ、ま、痩《や》せてる癖《くせ》に。」と向《むか》うへ突《つ》いた、男《をとこ》の身《み》が浮《う》いた下《した》へ、片袖《かたそで》を敷《し》かせると、まくれた白《しろ》い腕《うで》を、膝《ひざ》に縋《すが》つて、お柳《りう》は吻《ほつ》と呼吸《いき》。
 男《をとこ》はぢつとして動《うご》かず、二人《ふたり》ともしばらく默然《だんまり》。
 やがてお柳《りう》の手《て》がしなやかに曲《まが》つて、男《をとこ》の手《て》に觸《ふ》れると、胸《むね》のあたりに持《も》つて居《ゐ》た卷煙草《まきたばこ》は、心《こゝろ》するともなく、放《はな》れて、婦人《をんな》に渡《わた》つた。
「もう私《わたし》は死《し》ぬ處《ところ》だつたの。又《また》笑《わら》ふでせうけれども、七日《なぬか》ばかり何《なん》にも鹽《しほ》ツ氣《け》のものは頂《いたゞ》かないんですもの、斯《か》うやつてお目《め》に懸《かゝ》りたいと思《おも》つて、煙草《たばこ》も斷《た》つて居《ゐ》たんですよ。何《なん》だつて一旦《いつたん》汚《けが》した身體《からだ》ですから、そりやおつしやらないでも、私《わたし》の方《はう》で
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