三尺角拾遺
(木精)
泉鏡花

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)冷《ひ》えやしませんか

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|點《てん》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「姉」の正字、「※[#第3水準1−85−57]」の「木」に代えて「女」、715−2]《ねえ》さん

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)わか/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

「あなた、冷《ひ》えやしませんか。」
 お柳《りう》は暗夜《やみ》の中《なか》に悄然《しよんぼり》と立《た》つて、池《いけ》に臨《のぞ》むで、其《そ》の肩《かた》を並《なら》べたのである。工學士《こうがくし》は、井桁《ゐげた》に組《く》んだ材木《ざいもく》の下《した》なる端《はし》へ、窮屈《きうくつ》に腰《こし》を懸《か》けたが、口元《くちもと》に近々《ちか/″\》と吸《す》つた卷煙草《まきたばこ》が燃《も》えて、其《その》若々《わか/\》しい横顏《よこがほ》と帽子《ばうし》の鍔廣《つばびろ》な裏《うら》とを照《て》らした。
 お柳《りう》は男《をとこ》の背《せな》に手《て》をのせて、弱《よわ》いものいひながら遠慮氣《ゑんりよげ》なく、
「あら、しつとりしてるわ、夜露《よつゆ》が酷《ひど》いんだよ。直《ぢか》にそんなものに腰《こし》を掛《か》けて、あなた冷《つめた》いでせう。眞《ほん》とに養生深《やうじやうぶか》い方《かた》が、其《それ》に御病氣《ごびやうき》擧句《あげく》だといふし、惡《わる》いわねえ。」
 と言《い》つて、そつと壓《おさ》へるやうにして、
「何《なん》ともありはしませんか、又《また》ぶり返《かへ》すと不可《いけ》ませんわ、金《きん》さん。」
 其《それ》でも、ものをいはなかつた。
「眞《ほん》とに毒《どく》ですよ、冷《ひ》えると惡《わる》いから立《た》つていらつしやい、立《た》つていらつしやいよ。其《その》方《はう》が増《まし》ですよ。」
 といひかけて、あどけない聲《こゑ》で幽《かすか》に笑《わら》つた。
「ほゝゝゝ、遠《とほ》い處《ところ》を引張《ひつぱ》つて來《き》て、草臥《くたび》れたで
次へ
全7ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング