ではござりませぬ。……やがて、」
 と例の渋い顔で、横手の柱に掛《かか》ったボンボン時計を睨《にら》むようにじろり。ト十一時……ちょうど半。――小使の心持では、時間がもうちっと経《た》っていそうに思ったので、止まってはおらぬか、とさて瞻《みつ》めたもので。――風に紛れて針の音が全く聞えぬ。
 そう言えば、全校の二階、下階《した》、どの教場からも、声一つ、咳《しわぶき》半分響いて来ぬ、一日中、またこの正午《ひる》になる一時間ほど、寂寞《ひっそり》とするのは無い。――それは小児《こども》たちが一心不乱、目まじろぎもせずにお弁当の時を待構えて、無駄な足踏みもせぬからで。静《しずか》なほど、組々の、人一人の声も澄渡って手に取るようだし、広い職員室のこの時計のカチカチなどは、居ながら小使部屋でもよく聞えるのが例の処、ト瞻《みつ》めても針はソッとも響かぬ。羅馬数字《ロオマすうじ》も風の硝子窓のぶるぶると震うのに釣られて、波を揺《ゆす》って見える。が、分銅だけは、調子を違えず、とうんとうんと打つ――時計は止まったのではない。
「もう、これ午餉《おひる》になりまするで、生徒方が湯を呑みに、どやどやと見
前へ 次へ
全36ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング