凭《かか》った先生は、縞《しま》の布子《ぬのこ》、小倉《こくら》の袴《はかま》、羽織は袖《そで》に白墨|摺《ずれ》のあるのを背後《うしろ》の壁に遣放《やりぱな》しに更紗《さらさ》の裏を捩《よじ》ってぶらり。髪の薄い天窓《あたま》を真俯向《まうつむ》けにして、土瓶やら、茶碗やら、解《とき》かけた風呂敷包、混雑《ごった》に職員のが散《ちら》ばったが、その控えた前だけ整然として、硯箱《すずりばこ》を右手《めて》へ引附け、一冊覚書らしいのを熟《じっ》と視《なが》めていたのが、抜上った額の広い、鼻のすっと隆《たか》い、髯の無い、頤《おとがい》の細い、眉のくっきりした顔を上げた、雑所《ざいしょ》という教頭心得《きょうとうこころえ》。何か落着かぬ色で、
「こっちへ入れ。」
 と胸を張って袴の膝へちゃんと手を置く。
 意味ありげな体《てい》なり。茶碗を洗え、土瓶に湯を注《さ》せ、では無さそうな処から、小使もその気構《きがまえ》で、卓子《テエブル》の角《かど》へ進んで、太い眉をもじゃもじゃと動かしながら、
「御用で?」
「何は、三右衛門《さんえもん》は。」と聞いた。
 これは背の抜群に高い、年紀《とし》
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