こ》にござります。はは。」
と変哲もない愛想笑《あいそうわらい》。が、そう云う源助の鼻も赤し、これはいかな事、雑所先生の小鼻のあたりも紅《べに》が染《にじ》む。
「実際、厳《きびし》いな。」
と卓子《テエブル》の上へ、煙管《きせる》を持ったまま長く露出《むきだ》した火鉢へ翳《かざ》した、鼠色の襯衣《しゃつ》の腕を、先生ぶるぶると震わすと、歯をくいしばって、引立《ひった》てるようにぐいと擡《もた》げて、床板へ火鉢をどさり。で、足を踏張《ふんば》り、両腕をずいと扱《しご》いて、
「御免を被《こうむ》れ、行儀も作法も云っちゃおられん、遠慮は不沙汰《ぶさた》だ。源助、当れ。」
「はい、同役とも相談をいたしまして、昨日《きのう》にも塞《ふさ》ごうと思いました、部屋(と溜《たまり》の事を云う)の炉《ろ》にまた噛《かじ》りつきますような次第にござります。」と中腰になって、鉄火箸《かなひばし》で炭を開《あら》けて、五徳を摺《ず》って引傾《ひっかた》がった銅の大薬鑵《おおやかん》の肌を、毛深い手の甲でむずと撫《な》でる。
「一杯|沸《たぎ》ったのを注《さ》しましょうで、――やがてお弁当でござりましょう。貴下様組は、この時間御休憩で?」
「源助、その事だ。」
「はい。」
と獅噛面《しかみづら》を後へ引込《ひっこ》めて目を据える。
雑所は前のめりに俯向《うつむ》いて、一服吸った後を、口でふっふっと吹落して、雁首《がんくび》を取って返して、吸殻を丁寧に灰に突込《つっこ》み、
「閉込んでおいても風が揺《ゆす》って、吸殻一つも吹飛ばしそうでならん。危いよ、こんな日は。」
とまた一つ灰を浴《あび》せた。瞳《ひとみ》を返して、壁の黒い、廊下を視《なが》め、
「可《い》い塩梅《あんばい》に、そっちからは吹通さんな。」
「でも、貴方様まるで野原でござります。お児達《こだち》の歩行《ある》いた跡は、平一面《たいらいちめん》の足跡でござりまするが。」
「むむ、まるで野原……」
と陰気な顔をして、伸上って透かしながら、
「源助、時に、何、今|小児《こども》を一人、少し都合があって、お前達の何だ、小使溜《こづかいだまり》へ遣《や》ったっけが、何は、……部屋に居るか。」
「居《お》りまするで、しょんぼりとしましてな。はい、……あの、嬢ちゃん坊ちゃんの事でござりましょう、部屋に居りますでございますよ。
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