れば、自分の身体《からだ》はどうなってなりとも、人も家も焼けないようにするのが道だ、とおっしゃるでしょう。
殿方の生命《いのち》は知らず、女の操というものは、人にも家にもかえられぬ。……と私はそう思うんです。そう私が思う上は、火事がなければなりません。今云う通り、私へ面当てに焼くのだから。
まだ私たち女の心は、貴下《あなた》の年では得心が行《ゆ》かないで、やっぱり先生がおっしゃるように、我身を棄てても、人を救うが道理のように思うでしょう。
いいえ、違います……殿方の生命は知らず。)
と繰返して、
(女の操というものは。)と熟《じっ》と顔を凝視《みつ》めながら、
(人にも家にも代えられない、と浪ちゃん忘れないでおいでなさい。今に分ります……紅《あか》い木の実を沢山《たんと》食べて、血の美しく綺麗な児《こ》には、そのかわり、火の粉も桜の露となって、美しく降るばかりですよ。さ、いらっしゃい、早く。気を着けて、私の身体《からだ》も大切な日ですから。)
と云う中《うち》にも、裾《すそ》も袂も取って、空へ頭髪《かみ》ながら吹上げそうだったってな。これだ、源助、窓硝子《まどがらす》が波を打つ、あれ見い。」
八
雑所先生は一息|吐《つ》いて、
「私が問うのに答えてな、あの宮浜はかねて記憶の可《い》い処を、母のない児《こ》だ。――優しい人の言う事は、よくよく身に染みて覚えたと見えて、まるで口移しに諳誦《あんしょう》をするようにここで私に告げたんだ。が、一々、ぞくぞく膚《はだ》に粟《あわ》が立った。けれども、その婦人の言う、謎のような事は分らん。
そりゃ分らんが、しかし詮《せん》ずるに火事がある一条だ。
(まるで嘘とも思わんが、全く事実じゃなかろう、ともかく、小使溜《こづかいだまり》へ行って落着いていなさい、ちっと熱もある。)
額を撫《な》でて見ると熱いから、そこで、あの児をそららへ遣《や》ってよ。
さあ、気になるのは昨夜《ゆうべ》の山道の一件だ。……赤い猿、赤い旗な、赤合羽を着た黒坊主よ。」
「緋《ひ》、緋の法衣《ころも》を着たでござります、赤合羽ではござりません。魔、魔の人でござりますが。」とガタガタ胴震いをしながら、躾《たしな》めるように言う。
「さあ、何か分らぬが、あの、雪に折れる竹のように、バシリとした声して……何と云った。
(城下を焼きに
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