憐《あわれ》むべき盲人《めしい》は肩身狭げに下等室に這込《はいこ》みて、厄介《やっかい》ならざらんように片隅に踞《うずくま》りつ。人ありてその齢《よわい》を問いしに、渠《かれ》は皺嗄《しわが》れたる声して、七十八歳と答えき。
 盲《めくら》にして七十八歳の翁《おきな》は、手引《てびき》をも伴《つ》れざるなり。手引をも伴れざる七十八歳の盲《めくら》の翁は、親不知《おやしらず》の沖を越ゆべき船に乗りたるなり。衆人《ひとびと》はその無法なるに愕《おどろ》けり。
 渠《かれ》は手も足も肉落ちて、赭黒《あかぐろ》き皮のみぞ骸骨《がいこつ》を裹《つつ》みたる[#「裹《つつ》みたる」は底本では「裏《つつ》みたる」]。躯《たけ》低く、頭《かしら》禿《は》げて、式《かた》ばかりの髷《まげ》に結《ゆ》いたる十筋右衛門《とすじえもん》は、略画《りゃくが》の鴉《からす》の翻《ひるがえ》るに似たり。眉《まゆ》も口も鼻も取立てて謂《い》うべき所《ところ》あらず。頬は太《いた》く痩《こ》けて、眼《まなこ》は※[#「穴かんむり/目」、第3水準1−89−50]然《がっくり》と陥《くぼ》みて盲《し》いたり。
 木綿袷《も
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