満載したる五六|艘《そう》の船は漕《こぎ》寄せたり。
俵の数は約二百俵、五十|石《こく》内外の米穀《べいこく》なれば、機関室も甲板《デッキ》の空処《あき》も、隙間《すきま》なきまでに積みたる重量のために、船体はやや傾斜を来《きた》して、吃水《きっすい》は著しく深くなりぬ。
俵はほとんど船室の出入口をも密封したれば、さらぬだに鬱燠《うついく》たる室内は、空気の流通を礙《さまた》げられて、窖廩《あなぐら》はついに蒸風呂《むしぶろ》となりぬ。婦女等《おんなたち》は苦悶《くもん》に苦悶《くもん》を重ねて、人心地《ひとごこち》を覚えざるもありき。
睡りたるか、覚めたるか、身動きもせで臥《ふ》したりし盲人《めしい》はやにわに起上りて、
「はてな、はてな。」と首《こうべ》を傾けつつ、物を索《もと》むる気色《けしき》なりき。側《かたわら》に在《あ》るは、さばかり打悩《うちなや》める婦女《おんな》のみなりければ、渠《かれ》の壁訴訟《かべそしょう》はついに取挙《とりあ》げられざりき。盲人《めしい》は本意《ほい》無げに呟《つぶや》けり。
「はてな、小用場《こようば》はどこかなあ。」
なお応ずる者のあらざりければ、渠《かれ》は困《こう》じ果てたる面色《おももち》にてしばらく黙《もく》せしが、やがて臆《おく》したる声音《こわね》にて、
「はい、もし、誠《まこと》に申兼《もうしか》ねましたが、小用場《こようば》はどこでございましょうかなあ。」
渠《かれ》は頸《くび》を延《の》べ、耳を欹《そばだ》てて誨《おしえ》を俟《ま》てり。答うる者はあらで、婦女《おんな》の呻《うめ》く声のみ微々《ほそぼそ》と聞えつ。
渠《かれ》は居去《いざ》りつつ捜寄《さぐりよ》れば、袂《たもと》ありて手頭《てさき》に触れぬ。
「どうも、はや御面倒でございますが、小用場《こようば》をお教えなすって下さいまし。はい誠《まこと》に不自由な老夫《おやじ》でございます。」
渠《かれ》は路頭《ろとう》の乞食《こつじき》の如《ごと》く、腰を屈《かが》め、頭を下げて、憐《あわれみ》を乞えり。されどもなお応ずる者はあらざりしなり。盲人《めしい》はいよいよ途方《とほう》に暮れて、
「もし、どうぞ御願でございます。はいどうぞ。」
おずおずその袂を曳《ひ》きて、惻隠《そくいん》の情《こころ》を動かさむとせり。打俯《うちふ》したりし婦人《おんな》は蒼白《あおじろ》き顔をわずかに擡《もた》げて、
「ええ、もう知りませんよう!」
酷《むご》くも袂《たもと》を振払いて、再び自家《おのれ》の苦悩に悶《もだ》えつ。盲人《めしい》はこの一喝《いっかつ》に挫《ひし》がれて、頸《くび》を竦《すく》め、肩を窄《すぼ》めて、
「はい、はい、はい。」
中
甲板《デッキ》より帰来《かえりきた》れる一個の学生は、室《しつ》に入《い》るよりその溽熱《むしあつさ》に辟易《へきえき》して、
「こりゃ劇《ひど》い!」と眉を顰《ひそ》めて四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》せり。
狼藉《ろうぜき》に遭《あ》えりし死骸《むくろ》の棄《す》てられたらむように、婦女等《おんなたち》は算《さん》を乱して手荷物の間に横《よこた》われり。
「やあ、やあ! 惨憺《さんたん》たるものだ。」
渠《かれ》はこの惨憺《みじめ》さと溽熱《むしあつ》さとに面《おもて》を皺《しわ》めつつ、手荷物の鞄《かばん》の中《うち》より何やらん取出《とりいだ》して、忙々《いそがわしく》立去らむとしたりしが、たちまち左右を顧《かえりみ》て、
「皆様《みなさん》、これじゃ耐《たま》らん。ちと甲板《かんぱん》へお出《い》でなさい。涼しくッてどんなに心地《こころもち》が快《いい》か知れん。」
これ空谷《くうこく》の跫音《きょうおん》なり。盲人《めいし》は急遽《いそいそ》声する方《かた》に這寄《はいよ》りぬ。
「もし旦那様、何ともはや誠《まこと》に申兼《もうしか》ねましてございますが、はい、小用場《こようば》へはどちらへ参りますでございますか、どうぞ、はい。……」
盲人《めしい》は数多《あまたたび》渠《かれ》の足下に叩頭《ぬかづ》きたり。
学生は渠《かれ》が余りに礼の厚きを訝《いぶか》りて、
「うむ、便所かい。」とその風体《ふうてい》を眺めたりしが、
「ああ、お前|様《さん》不自由なんだね。」
かくと聞くより、盲人《めしい》は飛立つばかりに懽《よろこ》びぬ。
「はい、はい。不自由で、もう難儀をいたします。」
「いや、そりゃ困るだろう。どれ僕が案内してあげよう。さあ、さあ、手を出した。」
「はい、はい。それはどうも、何ともはや、勿体《もったい》もない、お難有《ありがと》う存じます。ああ、南無阿弥陀仏《なむあみ
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